行動の裏にあるサイン:行動異常への対応

導入:目に見える行動の、その裏側

「暴れている」「様子がおかしい」— 救急現場における「行動異常」は、最も予測が難しく、慎重な対応が求められる状況の一つです。

その行動は、精神的な問題から来ているのかもしれません。しかし、それ以上に私たちが警戒するのは、その異常な行動が、低血糖、脳卒中、低酸素、頭部外傷、薬物中毒といった、生命を脅かす「身体的な問題」のサインである可能性です。

興奮している患者さんを前に、私たちパラメディックの最初の仕事は、武力で制圧することではありません。まずは自らの安全を確保し、その行動の裏に隠された「身体的なSOS」がないかを探り出すことです。今回は、その繊細で時に危険なアプローチについて解説します。


現場でのアプローチ:安全確保と原因検索

行動異常の現場では、まず自分たちと患者さん自身の安全を確保することが最優先となります。

1. 安全の確保とコミュニケーション

警察との連携: 患者さんが自傷・他害の危険を及ぼす可能性がある場合、私たちはためらわずに警察の応援を要請します。安全が確保されて初めて、適切な医療介入が可能になります。

穏やかな接触: 可能な限り、穏やかで自信のある態度で患者さんに接し、「私たちはあなたを助けに来た」というメッセージを伝え続けます。

2. 身体的原因の除外

行動異常は「症状」であり、その「原因」を探らなければなりません。特に、以下の身体的な問題は絶対に見逃せません。

  • 低血糖: 血糖値の異常は、攻撃的な行動や混乱を引き起こす代表的な原因です。
  • 低酸素: 呼吸の問題で脳に酸素が足りていない場合も、興奮や錯乱状態に陥ります。
  • 頭部外傷: 転倒などによる、目に見えない頭の中の出血が原因かもしれません。
  • 薬物・アルコール: 中毒や離脱症状が行動に影響を与えている可能性も考えます。

これらの可能性を評価し、もし身体的な問題が見つかれば、その治療を最優先します。


やむを得ない選択:鎮静という介入

言葉での説得が不可能で、患者さんの興奮が自らや周囲に危険を及ぼすレベルである場合、私たちは「化学的抑制」、つまり鎮静薬の投与という選択をします。これは罰ではなく、安全な医療を提供するためのやむを得ない手段です。

鎮静で使う相棒たち

状況に応じて、いくつかの鎮静薬を使い分けます。

  • ケタミン (Ketamine): 循環動態への影響が少なく、比較的安全に使える強力な鎮静薬です。250mgの筋肉注射、または1-2mg/kgの静脈注射で、迅速に患者さんを落ち着かせることができます。
  • ミダゾラム (Midazolam / Versed): 短時間作用型の鎮静薬で、特にコカインや覚醒剤といった交感神経興奮薬による興奮状態に有効です。1-5mgを静脈、筋肉、または経鼻で投与します。
  • ドロペリドール (Droperidol / Inapsine): 抗精神病作用を持つ鎮静薬で、ミダゾラムと併用して、より強力で速やかな鎮静を図ることもあります。

これらの薬剤を使用する際は、常に呼吸状態を監視し、いつでも気道確保ができる準備を怠りません。


まとめ

行動異常の患者さんへの対応は、まず安全を確保し、その行動の裏にある「声なきサイン」を読み解くことから始まります。

  1. 安全確保を最優先し、警察との連携もためらわない。
  2. 低血糖や低酸素など、治療可能な身体的原因を必ず探す。
  3. やむを得ない場合は、鎮静薬を適切に使い、安全な環境を作り出す。

目の前の「行動」だけに囚われるのではなく、その根本原因に目を向ける。それが、行動異常の現場における、私たちプロフェッショナルのアプローチです。