導入:炎が去った後も続く、見えない戦い
火災現場や爆発事故—。熱傷(やけど)は、皮膚に恐ろしい損傷を与えるだけでなく、その後の数時間、数日間、患者さんの生命を脅かし続ける「見えない戦い」の始まりを意味します。
熱傷で最も警戒すべきは、皮膚の損傷そのものだけではありません。熱気や煙を吸い込むことによる気道の損傷(吸入熱傷)、体液の喪失によるショック、そして激しい痛み。これら複数の脅威が、同時に患者さんを襲います。
今回は、この炎との戦いの直後から始まる、もう一つの戦い—熱傷への初期対応について、私たちパラメディックのアプローチを解説します。
現場でのアプローチ:まず、燃焼を止め、気道を守る
熱傷の現場では、何よりもまず患者さんを危険な環境から離し、これ以上熱傷が進行しないようにすること、そして気道の評価を最優先します。
1. 燃焼の停止 (Stop the Burning)
現場での最初の行動は、燃焼プロセスを完全に止めることです。
- 衣類の除去: 熱を帯びた衣類や、化学薬品が付着した衣類をただちに除去します。ただし、皮膚に癒着してしまった場合は、無理に剥がしてはいけません。
- 化学薬品の除去: 粉末状の化学薬品は、水で濡らす前にまずブラシなどで払い落とします。液体の場合は、大量の水で十分に洗い流します。
2. 最優先事項:気道の評価 (Airway)
熱傷、特に顔面や頸部の熱傷で最も恐ろしいのは「吸入熱傷」です。熱気や煙を吸い込むことで気道が熱傷を負い、急速に腫れ上がって窒息に至る危険があります。
危険なサイン:
- 顔や口周りの熱傷
- 鼻毛が焦げている
- 声がかすれている(嗄声)
- 黒い煤(すす)の混じった痰
これらのサインが一つでも見られた場合、私たちは迷わず早期の気管挿管を準備します。気道が完全に腫れ上がってしまう前に、空気の通り道を確保することが絶対だからです。同時に、高濃度の酸素を投与します。
皮膚の保護と全身管理
気道の安全が確保された後、皮膚の損傷と全身状態の管理に移ります。
1. 熱傷部位の処置
冷却と被覆: かつては広範囲を冷却していましたが、現在は低体温を誘発するリスクから、その方法は推奨されていません。小さな範囲の熱傷は、清潔な濡れタオルなどで短時間冷やします。しかし、広範囲の熱傷の場合は、体を冷やすのではなく、清潔な乾いたシーツやドレッシング材で覆い、感染を防ぎ、体温を維持することを優先します。
2. 循環の維持:輸液
広範囲の熱傷では、皮膚のバリア機能が失われ、体の中から大量の体液(血漿成分)が失われていきます。これにより、循環血液量が減少し、ショック状態(熱傷性ショック)に陥ります。
治療: 体表面積の15〜20%以上の熱傷では、ただちに太い静脈路を確保し、乳酸リンゲル液などの輸液を開始します。これは、失われた体液を補い、血圧を維持するための重要な治療です。
3. 激しい痛みとの戦い:鎮痛
重度の熱傷は、想像を絶するほどの激しい痛みを伴います。この痛みは、患者さんに多大な身体的・精神的ストレスを与え、ショックを悪化させる原因にもなります。
治療: 私たちは、フェンタニルやモルヒネといった強力な鎮痛薬(医療用麻薬)を静脈から慎重に投与し、患者さんの苦痛を和らげます。
まとめ
熱傷との戦いは、多岐にわたります。
- まず、燃焼を止め、何よりも気道を守る。吸入熱傷のサインを見逃さない。
- 広範囲の熱傷では、体を冷やすのではなく、清潔に保ち、保温する。
- 失われる体液を補うため、早期に輸液を開始する。
- 激しい痛みに対し、ためらわずに鎮痛薬を使用する。
炎が去った後も続く、これらの見えない脅威から患者さんを守り抜くこと。それが、熱傷の現場における私たちの使命です。