導入:心停止との戦い
「Code-99…」— 私が働いていた地域で、心肺停止を意味する無線コードです。病院でよく聞く「Code Blue」と同じく、その一言で現場の緊張は最高潮に達します。
心臓が止まると、脳への血流は数分で途絶え、後戻りのできないダメージが始まります。心肺蘇生法(CPR)とは、この絶望的な状況に立ち向かい、止まった心臓の代わりとなって脳や重要な臓器に血液を送り届け、再び心臓を動かすための、科学に基づいた一連の行動です。
今回は、特に私たちパラメディックが行う高度な心肺蘇生法、ACLS(二次救命処置)の基礎について、その核心となる考え方と具体的な処置を解説します。
ACLSの核心:HPCPRとリズムへのアプローチ
現代のACLSで最も重視されるのは、「質の高い胸骨圧迫(HPCPR – High Performance CPR)」と「心電図のリズムに基づいた治療戦略」です。
1. 全ての土台:質の高い胸骨圧迫(HPCPR)
どんな高度な薬剤や処置も、質の高い胸骨圧迫がなければ意味をなしません。胸骨圧迫は、止まった心臓の代わりに脳へ血液を送る唯一の手段です。
- 強く押す: 胸が約5cm沈むまで。
- 速く押す: 1分間に100〜120回のペースで。
- 絶え間なく押す: 胸骨圧迫の中断は、10秒以内を厳守します。
私たちは、胸骨圧迫の質を維持するため、2分ごとに圧迫役を交代します。
2. 治療の分岐点:心電図リズムの解析
胸骨圧迫と並行して、迅速に心電図モニターを装着し、心臓がどのような状態で止まっているのか(心電図リズム)を解析します。これにより、治療戦略が大きく二つに分かれます。
分岐点①:電気ショックが有効なリズム(Shockable Rhythms)
心臓が完全に静止しているのではなく、無秩序に痙攣している状態。心室細動(VF)や無脈性心室頻拍(pVT)がこれにあたります。
治療戦略:迅速な電気ショック(除細動)と薬剤投与
- 電気ショック: 可能な限り早く電気ショックを行い、心臓の痙攣を取り除きます。ショック後は、間髪入れずに胸骨圧迫を再開します。
- 第一の相棒:アドレナリン(エピネフリン): 電気ショック後もVF/pVTが続く場合、アドレナリン1mgを投与します。これは血管を収縮させて血圧を上げ、胸骨圧迫の効果を高める役割があります。
- 第二の相棒:抗不整脈薬: それでも続く頑固なVF/pVTに対しては、心臓の異常な電気興奮を抑える抗不整脈薬を使用します。第一選択はアミオダロン300mg、またはリドカイン1-1.5mg/kgです。
分岐点②:電気ショックが無効なリズム(Non-Shockable Rhythms)
心臓の電気活動が完全に停止している「心静止(Asystole)」や、電気信号は出ているのに心臓が動いていない「無脈性電気活動(PEA)」がこれにあたります。
治療戦略:質の高い胸骨圧迫と原因検索
- アドレナリン(エピネフリン): この場合、頼れる相棒はアドレナリンです。可能な限り早期に1mgを投与し、その後も3〜5分ごとに繰り返し投与します。
- 原因検索(H’s & T’s): 同時に、なぜ心臓が止まってしまったのか、治療可能な原因を探します。例えば、重度の脱水(Hypovolemia)、低酸素(Hypoxia)、緊張性気胸(Tension pneumothorax)、肺塞栓(Thrombosis)など、様々な原因を考え、対処していきます。
まとめ
ACLSは、ただ闇雲に処置を行うのではなく、科学的な根拠に基づいたシステマティックなアプローチです。
- まず、質の高い胸骨圧迫で脳を守る。
- 次に、心電図リズムを迅速に判断する。
- リズムに応じて、電気ショックと薬剤(アドレナリン、抗不整脈薬)を適切なタイミングで組み合わせる。
この一連の流れを、現場にいるチーム全員が連携して、絶え間なく、そして正確に実行し続ける。それが、止まった心臓を再び動かすための、私たちの戦い方なのです。