学びと考察

症例報告 重症肺炎による急性呼吸不全:現場でのRSIと循環管理の実際

はじめに

 

今回は、慢性閉塞性肺疾患(COPD)の既往を持つ高齢女性が重度の呼吸不全を呈し、現場での迅速導入気管挿管(RSI)および昇圧剤による循環管理を要した症例を経験しましたので共有します。特に、挿管後の血圧低下(Post-Intubation Hypotension)への対応が重要なポイントとなりました。

症例

  • 患者: 79歳 女性
  • 主訴: 呼吸困難 (SOB)、意識変容 (AMS)
  • 現病歴: 覚知1時間前まで普段通りだった。その後、ベッド横の床に倒れているところを発見され通報。ここ数日間、呼吸が苦しい状態が続いていた。最近の外傷や発熱は否定。
  • 既往歴: COPD(慢性閉塞性肺疾患)。普段、必要時に在宅酸素療法(2L/分、経鼻カニューラ)を使用。
  • 鑑別診断:
    • 呼吸不全
    • COPD急性増悪
    • うっ血性心不全による肺水腫
    • 肺炎

現場活動と経過

17:05 覚知・出動

17:35 現場到着

17:37 患者接触 消防隊(FD)到着時、患者はベッドから半身がずり落ちた状態で床に倒れていた。重度の呼吸不全を認め、消防隊がバッグバルブマスク(BVM)による補助換気を開始していた。

【消防隊による初期バイタルサイン】

  • GCS: E1V1M1 = 3
  • 血糖値 (BG): 100 mg/dL
  • 血圧 (BP): 128/58 mmHg
  • 心拍数 (HR): 120 bpm
  • 呼吸数 (RR): 40回/分(浅く努力様)
  • SpO₂: 49% (室内気)

BVMによる補助換気(15L/分)開始後、SpO₂は91%まで改善。

【救急隊による評価と処置】 患者をメガムーバーでストレッチャーへ移送し、車内収容。継続的な補助換気を行いながら、バイタルサインと12誘導心電図を測定。

  • 12誘導心電図: 洞性頻脈(Sinus Tachycardia, 116 bpm)、完全左脚ブロック(LBBB)
  • 挿管直前のバイタルサイン (NRB 15L/分):
    • BP: 125/83 mmHg
    • HR: 116 bpm
    • RR: 36回/分
    • SpO₂: 72%

自発呼吸が弱く、気道確保が困難であるため、RSI(迅速導入気管挿管)の適応と判断。

【気道評価】

  • MOANS(マスク換気困難予測):
    • M (Mask seal): 下顎が小さい (small chin)
    • O (Obesity/Obstruction): なし
    • A (Age): 79歳
    • N (No teeth): 義歯なし
    • S (Stiff lungs): COPDの既往あり
  • LEMON(挿管困難予測):
    • L (Look externally): 異常なし
    • E (Evaluate 3-3-2 rule): 評価可能
    • M (Mallampati): 評価不能
    • O (Obstruction): なし
    • N (Neck mobility): 正常

頭部の下に巻いたタオルを敷き、スニッフィングポジションを確保。

【RSIの実施】

  • 17:58 ケタミン 60mg (約1mg/kg) IV
  • 18:00 サクシニルコリン 60mg (約1mg/kg) IV
  • 18:01 ビデオ喉頭鏡とブジーを使用し、気管チューブ(7.0mm)を挿管。グレード3の喉頭展開。口腔内に痰の貯留があり、吸引を実施。
    • 声帯の通過、両側肺音の聴取、心窩部音の非聴取、胸郭の挙上、EtCO₂波形の出現をもって挿管を確認。チューブの深さは門歯列で22cm。チューブホルダーで固定。
    • 目標EtCO₂を35-45mmHgに設定。

【挿管後のバイタルサイン】

  • BP: 72/48 mmHg
  • HR: 101 bpm
  • SpO₂: 68%
  • EtCO₂: 45 mmHg
    • 挿管後に著しい血圧低下を認める。

18:04 病院へ向け搬送開始(消防隊員1名同乗)

【搬送中の管理】 長距離搬送となるため、鎮静・鎮痛および循環管理を強化。

  • 挿管後鎮静・昇圧剤投与前のバイタルサイン:
    • BP: 76/54 mmHg
    • HR: 89 bpm
    • SpO₂: 90%
    • EtCO₂: 59 mmHg
  • 18:15 ミダゾラム 5mg IV(鎮静目的)
  • 18:18 生理食塩水200mLの急速投与に反応なく、持続する低血圧に対しノルアドレナリン持続投与を開始。
    • 組成: 4mg/250mL D5W (16mcg/mL)
    • 開始速度: 4mcg/分
  • 18:21 チューブへのファイティングが見られたため、ミダゾラム 5mg IVを追加投与。
  • 18:24 鎮静をしてもファイティングが続くため、ロクロニウム 30mg IVを投与。
  • 18:30 血圧が49/31 mmHgまで低下したため、ノルアドレナリンを16mcg/分まで増量。

搬送中、EtCO₂は45-50mmHgで維持。

【病院到着時】

  • BP: 134/65 mmHg
  • HR: 91 bpm
  • SpO₂: 84%
  • EtCO₂: 58 mmHg

メガムーバーを使用し、ERのベッドへ移送。担当看護師と医師に申し送りを行い、活動を終了した。

考察

本症例は、COPD急性増悪を背景とした重度のⅡ型呼吸不全(高CO₂血症性呼吸不全)が考えられる。現場到着時のSpO₂ 49%という極度の低酸素血症と努力呼吸は、呼吸停止が切迫した状態であり、早期の気道確保と換気補助が不可欠であった。

重要なポイントは、挿管後の著しい血圧低下(Post-Intubation Hypotension)である。 原因として、以下の複合的要因が考えられる。

  1. 陽圧換気による静脈還流量の低下: 陽圧換気により胸腔内圧が上昇し、心臓への血液の戻り(静脈還流)が減少し、心拍出量が低下する。特にCOPD患者では、Auto-PEEPによりこの影響が顕著になる可能性がある。
  2. 交感神経緊張の消失: 挿管前、患者は低酸素と高CO₂血症により最大限の交感神経緊張状態で血圧を維持していた。鎮静剤・筋弛緩薬の投与によりこの「交感神経のアクセル」が外れ、急激な血管拡張と血圧低下をきたした可能性がある。
  3. 薬剤の影響: 本症例では、循環動態に影響が少ないとされるケタミンを使用したが、上記の要因と重なり、血圧低下の一因となった可能性は否定できない。

この血圧低下に対し、輸液負荷だけでは反応が乏しく、早期にノルアドレナリンの持続投与を開始した判断は適切であった。長距離搬送であることも考慮すると、鎮静・鎮痛・筋弛緩を十分に行い、昇圧剤で循環を安定させるという戦略は、患者の安全確保に不可欠であった。

また、EtCO₂が50mmHg台と高値で推移している点は、元々の高CO₂血症を反映していると考えられる。急激に正常値(35-45mmHg)まで下げると、脳血管の収縮や電解質異常を引き起こす可能性があるため、高めの値で維持(Permissive hypercapnia)しながら搬送したことも重要な管理ポイントであった。

まとめ

重度の呼吸不全、特にCOPD急性増悪が疑われる症例におけるRSIは、救命に不可欠な手技である一方、重篤な循環破綻を招くリスクを伴います。挿管手技そのものだけでなく、挿管後の血圧低下を予測し、輸液や昇圧剤の準備を事前に行っておくことの重要性を再認識させられた症例でした。