固定か、非固定か:脊椎損傷評価の最前線

導入:変わりゆく外傷現場の常識

かつて、交通事故などの外傷現場では、脊椎損傷の可能性を少しでも疑えば、患者さんを頭からつま先までバックボードに固く固定することが常識でした。しかし、近年の研究により、この「とりあえず全身固定」というアプローチは、必ずしも患者さんの利益にならないことが分かってきました。

過度な固定は、患者さんに不必要な苦痛を与え、呼吸を妨げ、褥瘡(床ずれ)のリスクを高める可能性があります。そのため、現在の救急現場では、「誰を、どのように固定すべきか」を的確に判断するための、より洗練された評価基準が用いられています。

今回は、この脊椎損傷評価の最前線で、私たちパラメディックがどのように「固定」か「非固定」かを判断しているのか、その思考のプロセスを解説します。


現場でのアプローチ:評価に基づく選択的固定

私たちの判断の根幹にあるのは、全ての患者さんを画一的に扱うのではなく、一人ひとりの状況に応じて脊椎保護の必要性を判断するという「選択的固定」の考え方です。

ステップ1:受傷機転の評価 – リスクの高さを判断する

まず、どのように怪我をしたか(受傷機転)から、脊椎損傷のリスクの高さを判断します。

  • ハイリスクな状況: 6フィート(約1.8m)以上の高さからの転落、高速での自動車事故や横転、バイク事故、飛び込み事故 など、大きなエネルギーが加わったと想定される状況は、ハイリスクと判断します。
  • ローリスクな状況: 立った状態からの転倒や、神経症状のない刺し傷など は、比較的ローリスクと判断します。

ステップ2:クリアランス評価 – 固定が不要な人を見極める

ハイリスクな受傷機転であっても、次の基準をすべて満たす(NOと答えられる)場合は、現場で「脊椎損傷の可能性は極めて低い」と判断し、厳重な固定は行いません。

しかし、以下の基準に一つでも当てはまる(YESと答える)場合は、脊椎損傷の可能性があると判断し、固定を行います。

  1. 65歳以上であるか?
  2. 意識レベルが清明でない、または混乱しているか?
  3. アルコールや薬物の影響下にあるか?
  4. 他にひどい痛みや大きな怪我(骨折など)があるか?(いわゆる、痛みを紛らわす損傷)
  5. 手足の動きにくさや、しびれがあるか?
  6. 首の後ろから背中にかけて、痛みや圧痛、変形があるか?
  7. 痛みを伴わずに、首を左右45度ずつ回すことができないか?
  8. 深く咳をした時に、首や背中に痛みが出るか?

現代の「固定」とは何か?

もし上記の評価で固定が必要と判断された場合でも、私たちの行う「固定」は、かつてのイメージとは少し異なります。

主役は頸椎カラー、バックボードは脇役へ

現在の脊椎保護の主役は、首を保護する頸椎カラーです。

かつて主役だった硬いバックボード(ロングスパインボード)は、患者さんに苦痛を与えることから、原則として長距離の搬送には使用しません。バックボードの現在の主な役割は、車からの救出時など、患者さんを移動させるための「道具」として、また、心肺停止時の胸骨圧迫を効果的に行うための硬い土台として使用することです。

頸椎カラーを装着した後は、患者さんをストレッチャーに寝かせ、本人が最も楽な姿勢を保てるように、枕やタオルで体の隙間を埋めて安定させます。


まとめ

脊椎損傷評価の最前線は、「全てを固定する」という画一的なアプローチから、「必要な人だけを、適切な方法で保護する」という、より科学的で患者さん本位のアプローチへと進化しています。

厳密な評価基準を用いることで、不要な固定による苦痛を避けつつ、本当に保護が必要な患者さんの未来を守る。それが、現代の外傷現場における私たちの重要な役割なのです。