再び動き出した心臓を守る:ROSC後の集中治療

導入:最もデリケートな時間

心肺蘇生の現場で、私たちが最も待ち望む瞬間—それが「ROSC(ロスク)」です。ROSCとは “Return of Spontaneous Circulation” の略で、「自己心拍の再開」を意味します。止まっていた心臓が、私たちの胸骨圧迫や電気ショック、薬剤投与によって、再び自分の力で鼓動を始めた瞬間です。

しかし、喜びも束の間、このROSC後の数分から数時間は、患者さんの未来を左右する極めて重要で、そしてデリケートな時間です。再び心停止に陥るリスクが非常に高く、心臓が動き出したからこそ現れる新たな問題(再灌流障害など)との戦いが始まります。

今回は、このROSCという「奇跡」を「未来」に繋ぐため、私たちパラメディックが現場で行う集中治療について解説します。


ROSC後のアプローチ:全身の立て直し

心拍が再開した直後から、私たちはABC(気道・呼吸・循環)を基本に、全身の状態を立て直すための集中治療を開始します。

1. 全身状態の評価と原因検索

まず、血圧、心拍数、酸素飽和度(SaO2)、呼気終末二酸化炭素濃度(EtCO2)といった、全てのバイタルサインを再評価します。同時に、なぜ心停止に至ったのか、治療可能な原因(H’s & T’s)の検索を続けます。

ROSCから6分以内に12誘導心電図を取得し、病院へ伝送することも重要なミッションです。これにより、心筋梗塞が原因であった場合、病院側はただちにカテーテル治療の準備を始めることができます。

2. A & B:呼吸の最適化 (Airway & Breathing)

心拍が再開しても、多くの患者さんはまだ自分の力で十分に呼吸をすることはできません。呼吸の管理は、脳へのダメージを最小限に抑えるために極めて重要です。

気道確保: 患者さんが指示に従えない、あるいは反応がない場合、気管挿管を行い、確実な気道を確保します。この際、安全かつ迅速に挿管を行うために「RSI(迅速導入気管挿管)」という手技を用いることがあります。

💉 RSI(迅速導入気管挿管)で使う薬剤

RSIは、強力な鎮静薬と筋弛緩薬を連続して投与し、患者さんを完全に無意識・無抵抗な状態にしてから挿管を行う手技です。使用する薬剤は大きく2種類に分かれます。

①鎮静薬(導入薬) – “意識を奪う”薬剤
まず、患者さんから意識を無くし、挿管操作に伴う苦痛や記憶が残らないようにします。状況に応じて、以下の薬剤を使い分けます。

  • エトミデート (Etomidate): 血圧への影響が少ないため、循環動態が不安定な患者さんにも比較的安全に使えます。
  • ケタミン (Ketamine): 気管支を広げる作用があるため、喘息患者さんの場合に特に有効です。
  • ミダゾラム (Midazolam): 鎮静作用に加え、けいれんを止める作用も持ちます。

②筋弛緩薬(麻痺薬) – “動きを止める”薬剤
鎮静薬で意識がなくなった直後に、体の全ての筋肉の動きを一時的に止める筋弛緩薬を投与します。これにより、声帯や顎の筋肉が完全にリラックスし、スムーズなチューブの挿入が可能になります。

  • サクシニルコリン (Succinylcholine): 作用発現が非常に速く、効果時間も短いため、RSIでよく使われる筋弛緩薬です。
  • ロクロニウム (Rocuronium): サクシニルコリンが使えない場合に選択され、より効果時間が長いのが特徴です。

換気: 呼吸の回数が多すぎると(過換気)、脳への血流を悪化させてしまいます。そのため、気管挿管後は1分間に10〜12回のペースで、ゆっくりと確実に換気を行います

3. C:循環の安定化 (Circulation)

再び動き出した心臓は、まだ非常に弱々しく、血圧を十分に維持できないことがほとんどです。循環を安定させることが、この時期の最優先課題となります。

輸液: まずは2本目の太い静脈路(IV)を確保し、輸液(点滴)を開始して血圧をサポートします。

昇圧剤(ノルエピネフリン): 輸液を行っても血圧が90mmHg未満、あるいは平均動脈圧が65mmHg未満の状態が続く場合、昇圧剤であるノルエピネフリンの持続点滴を開始します。これにより血管を収縮させ、血圧を維持します。


まとめ

ROSC後の管理は、まさに時間との戦いであり、全身のあらゆる部分に目を配る必要があります。

  1. 呼吸は、多すぎず少なすぎず、最適な回数を維持する。
  2. 循環は、輸液と昇圧剤を駆使して、なんとしても血圧を維持する。
  3. 心電図を早期に取得し、心停止の根本原因の治療へと繋げる。

再び動き出した心臓という小さな灯火を、決して絶やすことなく病院へと引き継ぐ。それが、ROSC後の現場における、私たちパラメディックの最大のミッションです。