窒息との戦い:上気道閉塞へのステップ

導入:突然訪れる沈黙の危機

食事中、笑った瞬間、あるいは子どもがおもちゃを口に入れた時—「窒息」は、私たちの日常に潜む、最も突然で恐ろしい救急事態の一つです。空気の通り道である上気道が、食べ物や異物によって完全に塞がれてしまうと、人は声を発することも、呼吸することもできなくなります。まさに、沈黙の危機です。

脳への酸素供給が数分間途絶えるだけで、後戻りのできないダメージが始まります。この状況では、一秒でも早く気道を開通させることが、救命の絶対条件となります。

今回は、この窒息という危機に対し、市民にできることから私たちパラメディックが行う最終手段まで、段階的に進んでいくアプローチについて解説します。


ステップ1:最初の防衛線 (BLS)

窒息の現場で最初に行われるべきは、その場にいる誰もができる基本的な救命処置です。

完全閉塞の場合:腹部突き上げ法と背部叩打法

患者さんが咳もできず、声も出せない「完全閉塞」の状態であれば、ただちに異物の除去を試みます。

  • 腹部突き上げ法(ハイムリック法): 患者さんの背後から腕を回し、みぞおちの下で拳を握り、力強く手前上方に突き上げます。
  • 背部叩打法: 肩甲骨の間を、手のひらの付け根で力強く何度も叩きます。

これらを、異物が取れるか、患者さんの意識がなくなるまで繰り返します。

部分閉塞の場合:咳を促す

もし患者さんがまだ咳き込んだり、かろうじて声が出せたりする「部分閉塞」の状態であれば、無理に介入せず、力強く咳をするように励まし続けることが最も重要です。


ステップ2:パラメディックによる介入 (ALS)

基本的な処置で異物が除去できない場合、私たちパラメディックはより高度な器具を用いた介入を開始します。

喉頭鏡とマギール鉗子

喉頭鏡という、喉の奥を直接観察するための器具を使い、異物が目視できるかを確認します。もし異物が見え、掴める位置にあれば、マギール鉗子という、物を掴むための特殊な湾曲したピンセットを使って、慎重に異物を除去します。


ステップ3:最終手段 – 外科的気道確保

異物が除去できず、換気も全く不可能な「Cannot Intubate, Cannot Ventilate (CICV)」という最悪の状況に陥った場合、私たちは最終手段に踏み切ります。

輪状甲状膜切開 (Cricothyrotomy)

これは、首の前側にある輪状甲状膜という部分をメスで切開し、そこから直接チューブを気管に挿入することで、閉塞部位を飛び越えて空気の通り道を確保する外科的な手技です。まさに、最後の砦と言える処置です。


まとめ

窒息との戦いは、その場にいる市民から始まる、救命の連鎖です。

  1. まずは腹部突き上げ法などの基本的な処置を試みる。
  2. パラメディックは喉頭鏡とマギール鉗子で、より直接的な除去を試みる。
  3. 全ての手段が尽きた時、最終手段である外科的気道確保へと進む。

一刻も早く空気の通り道を再開通させるため、私たちは状況に応じて、これらのステップを冷静かつ迅速に実行していくのです。