学びと考察

症例報告:目撃のある院外心停止に対し、体系的ACLSが完全社会復帰に繋がった一例

はじめに

本稿では、目撃のある院外心停止(OHCA)の傷病者に対し、市民による迅速なCPR、早期の電気的除細動、そして救急隊による体系的な二次救命処置(ACLS)が奏功し、神経学的後遺症のない完全社会復帰という最良の転帰に至った一症例を報告する。本症例は、質の高い教育と訓練が、いかに臨床現場でのパフォーマンスに直結し、患者の予後を左右するかを明確に示している。

症例

43歳 男性

  • 主訴: 心肺停止
  • 現病歴: 既往歴、内服歴なし。当日ハイキングに行き、体調不良を自覚していた。帰宅途中の車内で意識を消失。同乗していた家族が車を路肩に寄せ、傷病者を車外へ移動させたところ、心肺停止状態であったため、居合わせた市民が胸骨圧迫を開始した。
  • 覚知から接触まで: 市民によるCPR中に先着の消防隊が現場到着。CPRを引き継ぎ、AEDによる電気的除細動を1回実施。その後、当方のパラメディック隊が現場に到着し、活動の指揮を引き継いだ。

現場到着時所見および活動経過

現場到着時、傷病者は地面に仰臥位。外傷の所見なし。頸動脈での脈拍触知なく、無呼吸。心電図モニター装着後、心室細動(V-fib)を4サイクル確認した。

  • 12:30 先着隊によるCPR開始
  • 12:33 AEDによる除細動 (1)
  • 12:34 当該パラメディック隊が現場到着、指揮権を引き継ぐ
  • 12:35 右下腿へ骨髄路(IO)確保。アドレナリン 1mg投与 (1)。生理食塩水500mL投与開始
  • 12:37 心室細動に対し、除細動 (2) 120J
  • 12:38 i-gel #5にて声門上気道確保。両側肺音にて換気確認
  • 12:39 心室細動に対し、除細動 (3) 150J。アドレナリン 1mg投与 (2)
  • 12:42 心室細動に対し、除細動 (4) 200J。アミオダロン 300mg投与 (1)
  • 12:44 自己心拍再開(ROSC)
  • 12:46 血圧 119/75 mmHg
  • 12:51 血圧 90/68 mmHg, 心拍数 125/min。ROSC後の低血圧と頻脈を認める
  • 12:51以降
    • 12誘導心電図を記録。洞調律(心拍数99)、下壁のST上昇(II, III, aVF)、および側壁のST低下(I, aVL)を認め、**下壁心筋梗塞(Inferior MI)**と判断。
    • 病院に対しCode STEMI(ST上昇型心筋梗塞)を発動、12誘導心電図を伝送。
    • 第2ラインとして静脈路を確保(18G)。
    • 気管挿管(RSI)の準備。LEMONスコアにて気道評価を実施。
      • L: 舌が大きい
      • E: 3-3-2
      • M: Mallampati score 1
      • O: 閉塞なし
      • N: 頸部可動域制限なし
  • 12:58 血圧 129/75 mmHg, 心拍数 79/min
  • 13:01 鎮静薬・筋弛緩薬投与後、ビデオ喉頭鏡を用い気管挿管(8.0mm, 歯列で23cm)成功。Cormack grade II。
  • 13:05 血圧 74/58 mmHg, 心拍数 77/min。挿管後の血圧低下を認める。
  • 13:06 昇圧剤(ノルアドレナリン)の持続投与を4mcg/kg/minで開始。
  • 13:12 血圧 142/101 mmHg, 心拍数 60/min。血圧の改善を認める。
  • 13:13 搬送先病院 到着。医師および看護師に報告し、引き継ぎ完了。

考察

本症例が完全社会復帰という最良の転帰に至った要因は、**「救命の連鎖」**が理想的な形で機能したことにある。

  1. 早期の認識と通報、質の高いCPR: 車内での意識消失という異常事態を家族が即座に認識し、市民が質の高いCPRを開始したことが、脳血流を維持する上で決定的に重要であった。
  2. 早期の除細動: 先着隊による迅速なAEDの使用が、VFに対する最も効果的な治療を早期に開始する鍵となった。
  3. 体系的なACLSの実践: 我々パラメディック隊の役割は、この初期の連鎖を引き継ぎ、体系的かつ質の高いACLSを実践することにあった。
    • アルゴリズムの遵守: VFに対する連続した除細動、適切なタイミングでのアドレナリンおよびアミオダロンの投与は、ACLSのアルゴリズムに忠実に基づいている。
    • 高度な気道管理: 確実な気道確保と換気管理のため、RSIによる気管挿管を実施。LEMON法を用いた事前の気道評価は、安全な手技の遂行に不可欠であった。
    • ROSC後の集中治療: 本症例の成功における重要な分岐点は、ROSC後の管理にある。12誘導心電図による迅速なSTEMIの診断と病院への伝送は、カテーテル治療までの時間を短縮させた。また、挿管後の一時的な血圧低下に対し、昇圧剤の持続投与を開始したことは、脳と心筋の灌流を維持し、二次的な損傷を防ぐ上で極めて重要であった。

これら一連の判断と手技は、TCC(タコマ・コミュニティ・カレッジ)での訓練で体に染み込ませたものを、現場で忠実に再現したに過ぎない。高ストレス下においても、評価、判断、処置を迷いなく遂行できたのは、反復的なシミュレーション訓練により、思考と行動が半ば自動化されていたからに他ならない。訓練は、単に知識を覚えるのではなく、「いかなる状況下でも、習った通りに実践できる」レベルまで能力を引き上げるためにある。そのことを、この症例は明確に示している。

結論

本症例は、質の高い市民の介入と、訓練された救急隊による体系的なACLSの実践が、院外心停止患者の予後を劇的に改善させることを示す好例である。我々が行うべきは、最新の知識を学び続けると同時に、習得したプロトコルとスキルを、いかなる状況下でも正確に実践できるよう、日々の訓練を怠らないことである。その基本の徹底こそが、救命率の向上、そして完全社会復帰という最良の結果に繋がる唯一の道であると確信する。