導入:意識を操る血糖値
「呼びかけに反応しない」「呂律が回らない」「突然、暴れだした」— 救急現場で遭遇する「意識障害」の原因は多岐にわたりますが、私たちが真っ先に確認することの一つが「血糖値」です。
血糖、つまり血液中のブドウ糖は、脳が活動するための唯一のエネルギー源です。このエネルギー供給に異常が発生すると、脳は正常に機能できなくなり、時に脳卒中と見分けがつかないような、深刻な意識障害を引き起こすことがあります。
今回は、この意識レベルを左右する血糖値の異常、「低血糖」と「高血糖」について、現場での見分け方とアプローチの違いを解説します。
低血糖:脳のガス欠状態
低血糖は、血液中のブドウ糖が不足し、脳がエネルギー欠乏に陥った状態です。血糖値が80mg/dLを下回ると症状が現れ始めます。
症状
冷や汗、手の震え、動悸といった初期症状から、進行すると錯乱、異常な興奮、けいれん、そして昏睡に至ります。発症が急激であることが特徴です。
現場でのアプローチ:迅速なエネルギー補給
低血糖の治療は、シンプルかつ劇的です。不足しているブドウ糖を、ただちに補給します。
第一の相棒:ブドウ糖(Dextrose)
意識があり、飲み込みが可能であれば、経口のグルコースジェルやジュースを摂取してもらいます。しかし、意識レベルが低い場合は、静脈から直接ブドウ糖を投与します。
使い方: 50%濃度のブドウ糖を25g、または10%濃度のブドウ糖を250ml、静脈から急速に投与します。多くの場合、投与を開始して数分以内に、まるで魔法のように意識が回復します。
第二の相棒:グルカゴン (Glucagon)
患者さんの血管が確保できないなど、静脈からのブドウ糖投与が困難な場合、グルカゴンというホルモン剤を筋肉注射します。これは、肝臓に蓄えられている糖を放出させることで血糖値を上げる薬です。1mgを筋肉注射しますが、効果が現れるまでに5〜10分ほど時間がかかります。
高血糖:ドロドロ血液の危機
高血糖は、インスリンの作用不足などにより、血液中のブドウ糖が過剰になった状態です。血糖値が300mg/dLを超えると、危険な兆候が現れ始めます。
症状
喉の渇き、頻尿、倦怠感といった症状から、進行すると「糖尿病ケトアシドーシス(DKA)」という状態に陥ります。血液が酸性に傾き、特徴的な果物のような甘い匂いの息(ケトン臭)や、深く速い呼吸(クスマウル呼吸)、そして昏睡に至ります。
現場でのアプローチ:脱水の補正
高血糖の緊急事態における現場での主な治療は、薬剤投与ではなく、体内の水分バランスを正常に戻すことです。
治療の主役:生理食塩水の輸液
高血糖の状態では、体は尿として過剰な糖を排出しようとするため、極度の脱水状態に陥っています。この脱水が、血圧低下や意識障害の主な原因です。
使い方: 私たちは、太い静脈路を確保し、生理食塩水を30mL/kgを目安に急速輸液します。これにより、ドロドロになった血液を薄め、全身の循環を改善させ、重要な臓器への血流を確保します。