導入:意識という名の深い霧
「呼びかけに反応しない」「つじつまの合わないことを言う」「どこかぼーっとしている」—救急現場で遭遇する「意識障害」は、その名の通り、患者さんの意識が深い霧に包まれたような状態です。
この霧の原因は一つではありません。脳卒中のような脳自体の問題かもしれませんし、低血糖のように脳のエネルギーが枯渇しているのかもしれません。あるいは、薬物や感染症、目に見えない外傷が原因である可能性も考えられます。
私たちパラメディックの役割は、この深い霧の中を手探りで進むように、考えられる原因を一つずつ評価し、治療可能な原因(リバーシブル・コーズ)を見つけ出し、光を当てることです。今回は、この意識障害の鑑別に用いる、私たちの「思考の地図」について解説します。
現場でのアプローチ:まず生命の灯火を守る
原因が何であれ、意識障害の患者さんへの第一歩は常にABC(気道・呼吸・循環)の確保です。気道が塞がっていれば確保し、呼吸が弱ければ補助し、血圧が低ければ輸液を行う。この生命維持活動が、鑑別診断を行う上での大前提となります。
霧を晴らすための合言葉:AEIOU-TIPS
意識障害の原因を探るため、私たちは「AEIOU-TIPS」という記憶法(ニーモニック)を頭の中で展開します。これは、代表的な原因の頭文字を並べたものです。
- Alcohol (アルコール)
- Epilepsy (てんかん、けいれん)
- Insulin (インスリン、すなわち血糖値の異常)
- Overdoses (薬物過剰摂取)
- Uremia (尿毒症)
- Trauma / Temperature (外傷 / 体温異常)
- Infection (感染症、敗血症)
- Psychiatric (精神疾患)
- Stroke / Shock (脳卒中 / ショック)
これらの項目を一つずつ検討し、可能性の高いものから評価していきます。
現場で投与を検討する相棒たち
「AEIOU-TIPS」の中でも、特に現場で治療可能、かつ緊急性の高い原因に対して、私たちは特定の薬剤の投与を試みることがあります。これは「とりあえず投与してみる」という対症療法ではなく、診断的治療(投与して改善すれば、それが原因だったと判断する)という側面も持ちます。
1. 低血糖 (Insulin / Hypoglycemia)
評価と治療: 全ての意識障害で真っ先に血糖値を測定します。もし血糖値が低ければ(80mg/dL未満など)、ただちにブドウ糖(Dextrose)25gを静脈投与します。低血糖は最もコモンで、かつ治療により劇的に改善する原因です。
2. オピオイド過剰摂取 (Overdoses)
評価と治療: 呼吸数が極端に少ない、瞳孔が針のように小さい(縮瞳)といった所見があれば、オピオイド(麻薬系鎮痛薬)の過剰摂取を疑います。この場合、拮抗薬であるナロキソン(Naloxone / ナルカン)0.4〜2mgを投与します。もしこれが原因であれば、呼吸状態が劇的に改善します。
3. ウェルニッケ脳症 (Thiamine)
評価と治療: アルコール依存症や栄養失調が疑われる患者さんの場合、ビタミンB1の欠乏による「ウェルニッケ脳症」の可能性があります。ブドウ糖を投与する前に、チアミン(ビタミンB1)100mgを投与することで、症状の悪化を防ぎます。
まとめ
意識障害は、それ自体が病名ではなく、体のどこかで起きている異常を示す「結果」に過ぎません。
- まずは生命維持を最優先する。
- 「AEIOU-TIPS」を元に、可能性のある原因を広く探る。
- 特に低血糖とオピオイド中毒は、現場で治療可能な原因として常に見逃さない。
多くの情報の中から、わずかな手がかりを見つけ出し、意識の霧を晴らす一筋の光を探し当てる。それが、意識障害の現場における、私たちパラメディックの挑戦なのです。