導入:小さく、そして繊細な気道
子どもの体は、大人のミニチュアではありません。特に「呼吸」に関しては、大人とは全く異なる、特別な配慮が求められます。子どもの気道は細く、そして繊細。わずかな腫れや痰、異物で簡単に塞がってしまい、あっという間に生命の危機に陥ることがあります。
咳の音、呼吸の仕方、胸の動き—。まだ言葉でうまく症状を伝えられない小さな命が出すサインを、私たちは決して見逃すわけにはいきません。
今回は、この極めて緊急性が高く、一刻の猶予も許されない小児の呼吸器救急の現場で、私たちパラメディックがどのように考え、行動するのかを解説します。
現場でのアプローチ:音を聞き分け、原因を探る
子どもの呼吸困難では、呼吸の「音」が原因を見分けるための重要な手がかりになります。
1. 喘鳴(ぜんめい):気管支の悲鳴 (Wheezing)
息を吐くときに聞こえる「ヒューヒュー、ゼーゼー」という音は、気管支が狭くなっているサインです。これは主に、喘息や細気管支炎で見られます。
治療の主役:アルブテロール (Albuterol)
喘息の治療と同様に、狭くなった気管支を広げるアルブテロール2.5mgをネブライザーで吸入させます。症状に応じて、繰り返し投与することもあります。
重症の場合の相棒たち:
- ステロイド薬(ソルメドロール): 気道の根本的な炎症を抑えるため、1-2mg/kgを静脈から投与します。
- アドレナリン(エピネフリン): アナフィラキシーが関与している場合や、吸入治療に全く反応しない最重症の発作では、0.01mg/kgを筋肉注射します。
2. 喉頭の悲鳴 (Stridor)
息を吸うときに聞こえる「ケンケン」という犬が吠えるような咳や、「ヒュー」という甲高い音は、喉頭(のど)周辺が腫れて狭くなっているサインです。これは主に「クループ症候群」で見られます。
治療の主役:ラセミ体エピネフリン (Racemic Epinephrine)
クループの治療において、最も劇的な効果を発揮するのが、このラセミ体エピネフリンの吸入です。アドレナリンの強力な血管収縮作用により、腫れ上がった喉頭の粘膜を急速に縮小させ、空気の通り道を確保します。
使い方: 0.25〜0.5mLを生理食塩水で薄め、ネブライザーで吸入させます。同時に、炎症を抑えるためにステロイド薬の投与も行います。
最も大切なこと: クループの治療では、子どもを興奮させないことが非常に重要です。泣いたり暴れたりすると、さらに気道が狭くなり、状態が悪化してしまいます。できるだけ穏やかな環境で、お母さんに抱っこしてもらったまま治療を進めるなど、細心の注意を払います。
呼吸が止まりそうな時:最終手段
もし、これらの治療にも関わらず呼吸状態が悪化し、意識レベルが低下するなど、呼吸が止まりそうな兆候が見られた場合、私たちはバッグバルブマスク(BVM)による換気補助を開始し、気管挿管という最終手段の準備に入ります。
まとめ
小児の呼吸器救急は、まさに時間との勝負であり、的確なアセスメントが求められます。
- 呼吸の音を聞き分け、気管支の問題(Wheezing)か、喉頭の問題(Stridor)かを見極める。
- 気管支の問題にはアルブテロール、喉頭の問題にはラセミ体エピネフリンという、的確な相棒を選択する。
- 何よりも、子どもを安心させることを忘れない。
繊細でか弱い小さな気道を守るため、私たちは専門的な知識と、子どもに寄り添う心を常に持って現場に臨んでいます。