導入:突然襲いかかる全身の反乱
蜂に刺された直後、あるいは特定の食べ物を口にした数分後、体がかゆくなり、息が苦しくなり、意識が遠のいていく—。それは、アレルギー反応の中でも最も重篤で、生命を脅かす「アナフィラキシー」の始まりかもしれません。
アナフィラキシーは、特定のアレルゲン(原因物質)に対して、体の免疫システムが暴走し、全身に激しい攻撃を始めてしまう状態です。気道は腫れ上がって空気を塞ぎ、血管は広がりきって血圧を維持できなくなります(ショック状態)。
この全身の反乱を鎮圧し、患者さんの命を救うため、私たちパラメディックには絶対的な切り札となる「相棒」がいます。今回は、その相棒を中心に、アナフィラキシーとの戦い方を解説します。
現場でのアプローチ:絶対的ヒーローの登場
アナフィラキシーの治療は、一にも二にも、ある一つの薬剤をいかに迅速に投与できるかにかかっています。
絶対的ヒーロー:アドレナリン(エピネフリン)
アナフィラキシーとの戦いにおいて、絶対的な主役であり、ヒーローと呼べる薬剤がアドレナリン(エピネフリン)です。他のどの薬も、アドレナリンの代わりにはなれません。
役割: アドレナリンは、この危機的状況を打開するための2つの強力な作用を持っています。
- 血管を収縮させる: 広がりきった血管を締め上げ、危険なレベルまで低下した血圧を上昇させます。
- 気管支を拡張させる: 腫れ上がって狭くなった気道を広げ、呼吸を楽にします。
使い方: 最も重要なのは、躊躇なく、迅速に、筋肉注射(IM)で投与することです。成人には0.3〜0.5mg(1:1,000濃度)を、太ももの外側などに注射します。エピペン®︎などの自己注射薬も、基本的には同じ量の薬剤を筋肉注射するためのものです。
ヒーローを支える、頼れる脇役たち
アドレナリンという絶対的ヒーローの登場で危機を脱した後、私たちは状況を安定させ、再発を防ぐために、他の相棒たちの力も借ります。
1. 抗ヒスタミン薬:ジフェンヒドラミン (Diphenhydramine / ベナドリル)
役割: アレルギー反応の引き金となるヒスタミンの働きをブロックします。これにより、皮膚のかゆみや発疹(じんましん)といった症状を和らげます。ただし、血圧を上げたり気道を広げたりする力はないため、アドレナリンの代わりには決してなりません。
使い方: 25〜50mgを静脈からゆっくり投与するか、筋肉注射します。
2. ステロイド薬:メチルプレドニゾロン (Methylprednisolone / ソルメドロール)
役割: アレルギー反応による炎症を強力に抑え込む薬剤です。効果が現れるまでに数時間かかりますが、症状の再燃(二相性反応)を防ぐという重要な役割を担います。
使い方: 125mgを静脈から投与します。
3. 気管支拡張薬:アルブテロール (Albuterol)
役割: 喘鳴(ぜんめい)が聴こえるなど、気管支の収縮が強い場合、アドレナリンの補助として吸入で使用します。気管支の筋肉を直接リラックスさせ、空気の通り道を広げます。
使い方: 2.5mgをネブライザーという吸入器を使って投与します。
まとめ
アナフィラキシーとの戦いは、まさに時間との勝負です。様々な症状が現れますが、忘れてはならないのは、その治療の根幹はただ一つ、「迅速なアドレナリンの筋肉注射」であるということです。
抗ヒスタミン薬やステロイド薬も重要な役割を果たしますが、彼らはあくまでヒーローを支える脇役です。現場では、私たちは迷うことなく、まず絶対的ヒーローであるアドレナリンを登場させるのです。