毒か薬か:薬物過剰摂取へのアプローチ

導入:毒にも薬にもなる物質

「意識レベルの低下」「呼吸が止まりそう」— 薬物過剰摂取(オーバードーズ)の現場は、原因となる物質によってその様相を大きく変えます。それは治療目的で処方された薬かもしれませんし、乱用目的の違法薬物かもしれません。いずれにせよ、適量を超えた薬物は、時として命を脅かす「毒」へと姿を変えます。

私たちパラメディックの役割は、混沌とした情報の中から、患者さんがどの種類の薬物の影響下にあるのかを推測し(トキシドロームの同定)、呼吸や循環といった生命維持活動を支え、そして可能であれば、その毒性を中和する「解毒剤(拮抗薬)」を投与することです。

今回は、救急現場で遭遇することの多い代表的な薬物過剰摂取と、そのアプローチについて解説します。


現場でのアプローチ:まずは生命維持を最優先に

原因物質が何であれ、私たちの最初の行動は常に同じです。それは、ABC(気道・呼吸・循環)の確保です。呼吸が止まりそうであれば換気を補助し、血圧が低ければ輸液を行う。この生命維持活動が、全ての治療の土台となります。


代表的な薬物過剰摂取と特効薬(拮抗薬)

生命維持を続けながら、原因物質に応じた特異的な治療を開始します。

1. オピオイド(麻薬系鎮痛薬)の過剰摂取

概要: ヘロインや医療用麻薬(フェンタニル、モルヒネなど)の過剰摂取は、強力な呼吸抑制を引き起こします。浅く、遅い呼吸になり、最終的には呼吸が停止するのが最も危険なサインです。

特効薬:ナロキソン (Naloxone / ナルカン)
ナロキソンは、オピオイドの作用を特異的に打ち消すことができる、まさに「魔法の薬」です。0.4〜2mgを静脈、筋肉、または経鼻で投与すると、数分で劇的に呼吸状態が改善し、意識が回復することもあります。ただし、効果時間が短いため、再び呼吸抑制に陥らないか注意深く観察する必要があります。

2. 三環系抗うつ薬の過剰摂取

概要: 古くから使われている種類の抗うつ薬で、過剰に摂取すると心臓に深刻な毒性(心毒性)を示します。心電図で特徴的な波形(QRS幅の延長)が見られるのが危険なサインです。

治療薬:炭酸水素ナトリウム (Sodium Bicarbonate / 重曹)
三環系抗うつ薬による心毒性が疑われる場合、炭酸水素ナトリウムを投与します。これにより血液がアルカリ性に傾き、薬物の心臓への毒性が軽減される効果が期待できます。1mEq/kgを基準に投与します。

3. ベータ遮断薬 / カルシウム拮抗薬の過剰摂取

概要: いずれも高血圧や不整脈の治療薬ですが、過剰に摂取すると心拍数が極端に遅くなる「徐脈」や、危険な「低血圧」を引き起こします。

治療薬:グルカゴン (Glucagon) / カルシウム製剤
これらの薬剤による心機能の抑制に対して、グルカゴン2mgを投与することがあります。グルカゴンは、これらの薬とは異なる経路で心臓の働きを活性化させます。また、カルシウム拮抗薬の過剰摂取に対しては、グルコン酸カルシウム1-2gを投与して、その作用を打ち消します。

4. 交感神経興奮薬(コカイン・覚醒剤など)の過剰摂取

概要: コカインや覚醒剤などは、体を極度の興奮状態(交感神経優位)にします。激しい興奮、高血圧、頻脈、そして時には心筋梗塞を引き起こします。

治療薬:ベンゾジアゼピン系(ロラゼパムなど)
この状態に対して最も有効なのは、鎮静薬であるベンゾジアゼピン系の薬剤です。ロラゼパム1〜2mgなどを投与し、中枢神経の興奮を鎮めることで、心拍数や血圧を落ち着かせ、心臓への負担を軽減します。


まとめ

薬物過剰摂取の現場は、さながら探偵のような思考が求められます。患者さんの状況、現場の遺留物、バイタルサイン、そして心電図の波形といった手がかりから原因物質(毒)を推測し、最も効果的な治療(薬)を選択する。その判断が、患者さんの未来を大きく左右するのです。