導入:陸にいながら、溺れる苦しみ
「息ができない、まるで水の中にいるようだ」— 急性肺水腫の患者さんは、しばしばそう訴えます。これは、心臓のポンプ機能が低下する「うっ血性心不全(CHF)」が急激に悪化し、肺の中に水(血漿成分)が溢れ出してしまった状態です。肺が水浸しになるため、空気の交換ができなくなり、まさに陸にいながら溺れているような、極度の呼吸困難に陥ります。
ゴボゴボという水の音(水泡音)が聴こえる喘鳴、ピンク色の泡のような痰、そして起き上がっていないと座っていられないほどの息苦しさ(起座呼吸)が特徴です。
今回は、この恐ろしい状態に対し、私たちパラメディックがどのようにして肺から水を「追い出し」、患者さんの呼吸を楽にするのか、そのアプローチを解説します。
現場でのアプローチ:心臓の負担を減らせ
急性肺水腫の治療の鍵は、原因である心臓の負担をいかに迅速に軽減できるかにかかっています。
1. まずは体位から:座位と足の下垂
現場で最初に行う最もシンプルかつ効果的な処置が、体位の管理です。患者さんを座らせ、可能であれば足をベッドの端から下ろしてもらいます。これにより、重力を利用して下半身に血液を溜め、心臓に戻ってくる血液の量を減らすことで、心臓の負担を直接的に軽減します。
2. 呼吸を支える二つの武器:酸素とCPAP
次に、呼吸を楽にするための処置を行います。
酸素投与: まずは高濃度の酸素を投与し、血液中の酸素濃度を少しでも改善させます。
CPAP(持続陽圧呼吸療法): 急性肺水腫において、非常に強力な武器となるのがCPAPです。これは、マスクを介して肺に常に一定の圧力をかけ続ける治療法です。この陽圧によって、肺胞に溜まった水を血管の中へと押し戻し、さらに潰れてしまった肺胞を広げることで、呼吸状態を劇的に改善させることができます。

3. 心臓を助ける相棒:ニトログリセリン
体位の管理と並行して、心臓の負担を軽減するための薬剤投与を開始します。
役割と使い方: ここでも活躍するのが、胸痛の治療でも使われるニトログリセリンです。血管を広げる作用により、心臓に戻る血液量を減らし(前負荷の軽減)、心臓が血液を送り出す際の抵抗を減らす(後負荷の軽減)ことで、弱った心臓を助けます。収縮期血圧が100mmHgより高いことを確認した上で、0.4mgを舌の下に投与し、3〜5分ごとに繰り返します。また、塗り薬であるニトロペーストを胸に塗布するという選択肢もあります。

まとめ
急性肺水腫との戦いは、心臓の負担をいかに多角的に、そして迅速に軽減できるかにかかっています。
- 体位で、心臓に戻る血液を物理的に減らす。
- CPAPで、肺に溜まった水を押し戻し、呼吸を助ける。
- ニトログリセリンで、血管を広げて心臓の仕事を楽にする。
これら3つのアプローチを同時に、かつ迅速に行うことで、患者さんを「溺れる」苦しみから救い出す。それが、急性肺水腫の現場における私たちのミッションです。