暴れる鼓動を鎮めろ:頻脈性不整脈へのアプローチ

導入:暴れ馬のような鼓動

「心臓が飛び出しそう」「胸の中で太鼓を叩かれているようだ」— 頻脈(ひんみゃく)を訴える患者さんは、その異常な心臓の動きをしばしばそう表現します。頻脈とは、心拍数が危険なほど速くなる不整脈の総称で、時に血圧の低下や意識の消失を引き起こす、危険な状態です。

心臓というエンジンが、空回りして暴走している状態。私たちパラメディックの役割は、その暴走の原因が何であるかを迅速に見極め、暴れ馬を乗りこなすように、適切な手綱(治療法)を引いて心臓を落ち着かせることです。

今回は、この頻脈性不整脈の現場で、私たちがどのように考え、行動するのかを解説します。


アプローチの分岐点:安定か、不安定か?

頻脈の現場で、私たちが最初に、そして最も重要視するのが「患者さんは安定しているか、不安定か?」という判断です。これにより、治療のアプローチが180度変わります。

「不安定」のサイン(レッドフラグ):

  • 意識レベルの低下
  • 血圧の低下(ショック状態)
  • 虚血性の胸痛
  • 急性の心不全兆候(呼吸困難など)

分岐点①:不安定な頻脈

もし患者さんがこれらの「不安定」なサインを一つでも示している場合、薬が効くのを待つ時間はありません。私たちは迷わず、最も迅速で確実な治療を選択します。

選択する治療: 電気ショック(Synchronized Cardioversion)
患者さんの心臓の動き(QRS波)にタイミングを合わせた、弱い電気ショックを与え、暴走する心臓のリズムを一度リセットします。心電図の波形が幅の狭い(Narrow)場合は50-100ジュール、幅の広い(Wide)場合は100ジュールから開始します。


分岐点②:安定している頻脈

血圧などが保たれており、意識もはっきりしている「安定した」頻脈の場合は、薬剤による治療を試みる時間があります。ここからは、心電図の波形が「幅の狭い(Narrow)」か「幅の広い(Wide)」かによって、使う相棒が変わります。

安定した頻脈 – Narrow Complex (SVTなど)

    1. 迷走神経刺激手技 (Vagal Maneuvers): まずは薬を使わず、息ごらえをしてもらうなどの手技で、心拍を落ち着かせる神経(迷走神経)を刺激します。
    2. 第一の相棒:アデノシン (Adenosine): 上記の手技で効果がない場合、最初に登場するのがアデノシンです。心臓の異常な電気回路を数秒間だけブロックすることで、不整脈をリセットします。まず6mgを急速静注し、効果がなければ12mgを2回まで試すことができます。

  1. 第二の相棒:ジルチアゼム (Diltiazem): アデノシンでも頻脈が止まらない場合、心臓の興奮をより長く抑えるジルチアゼムという薬を0.25mg/kgでゆっくり投与します。

安定した頻脈 – Wide Complex (心室頻拍など)

幅の広い頻脈は、心室頻拍(VT)という、より危険な不整脈の可能性があり、慎重な対応が求められます。

選択する相棒:抗不整脈薬
心臓の異常な電気興奮そのものを抑える薬剤を使用します。

  • アミオダロン (Amiodarone): 150mgを10分以上かけてゆっくり点滴します。
  • リドカイン (Lidocaine): アミオダロンの代替として、0.5-0.75mg/kgを投与することもあります。

まとめ

頻脈との戦いは、まさに的確な状況判断と、原因に応じた武器選択の連続です。

  1. まず、安定か不安定かを見極める。不安定なら、迷わず電気ショック
  2. 安定していれば、次に心電図の波形を見極める。
  3. Narrowであればアデノシン、Wideであればアミオダロンといったように、的確な相棒を選択する。

暴れ馬のように感じる鼓動も、その正体を冷静に見極め、適切な手綱を引くことで、再び穏やかなリズムへと導くことができるのです。